Jr.セッション応募者からの質問集

 
素粒子
(質問) 光に質量があるのか。
  (回答) よい質問ですね。そのように物事の根本を疑ってみることは大変重要なことです。現在の理論では,光子の質量は正確にゼロです。したがって、光は光速で進みます。実験家や理論家は,あなたのように何でも確かめないと気がすみません。物理学では,無いかもしれないものを研究する時には、仮想的にあるものとしてその上限値(あったとしたらその値は、□%(□として90, 95などが用いられる)の確率でこの値より小さい)を求めます。光は電磁波ですので、電磁場について考察することによって、その質量を推定することができます。実験室で測った質量の上限値(の世界記録)は,水素原子の質量の約1/1026(10の26乗分の1),推論で得た上限値は,水素原子の質量の約1/1036です。後者は,銀河系に磁場が広がっているという観測事実から導けます。光子が質量をもっていると,磁場は遠くまで広がりません。湯川秀樹博士が核力を媒介する中間子の質量を見積もったのと同じ議論を使います。
 ただし,これまでの話は観測される光(光子)についてです。観測されない光子(仮想光子)は,質量の2乗が正負両方の値を持ちえます。それはミクロの世界で電磁力を媒介するときです。電荷をもった粒子の間で交換され,ほんの一瞬しか現れないときです。それは,不確定性原理により許容されます。すなわち,ほんの一瞬の間ならエネルギーは大きく成り得て,それを相対論的に記述すると,質量の2乗がゼロでない状態を取ることが許されます。                            (渡邊靖志)
   
(質問) 光はなぜ粒子と波の両方の性質を持っているのか。
  (回答) 本当に不思議ですね。答えは,「神のみぞ知る」です。光だけではありません。ミクロの世界では、粒子も波のように振る舞います。すなわち、すべてのものは粒子と波の両方の性質を示すということです。それを記述するのが量子力学です。最近では、マクロの大きさのもので,量子的な振る舞いを観測することができるようになりました。BEC(ボース‐アインシュイタイン凝縮)です。たくさんの原子(>107個)を極低温にすると全体が一つの粒子のように振る舞い、一つの波動関数で表されて、(映像として)目で見える形で干渉したりします。現在盛んに研究が進められ、それまでできなかった新しいことができるようになり、新事実が発見されつつあるホットな分野です。専門家でない私たちもその成果・進展にわくわくしています。学問の進展はすばらしいですね。
 (渡邊靖志)
   
(質問) なぜ自然界には反物質が存在しないのか。
  (回答) すべての粒子に対してその反粒子が存在します。これは,素粒子物理学の基本法則の一つCPT定理の帰結です。中には光子のように、粒子と反粒子が同じである粒子もあります。反粒子から成る反物質も当然存在します。現在,水素の反物質、反水素が人工的に作られる時代になりました。これは11月11日に行なわれる公開講座の話題の一つです。可能ならぜひご聴講ください。そのうち、物理学会HPに掲載されます。
質問の趣旨が「この宇宙に」ということと解釈すると、確かに大変不思議なことに、観測可能な限りの宇宙には、反物質でできた銀河が存在しないのです(宇宙規模の非対称性)。もしあるとすると、物質でできた銀河との境界領域で物質と反物質が出会い,互いに消滅し、大爆発を起こしているはずで、そういう現象は発見されていないからです。宇宙の果てのその向こうがどうなっているかについてはわかりません。
ビッグバン宇宙論のいうように、宇宙が超高エネルギー状態から始まり、冷えて現在の宇宙になったとすると、ほぼ等量の物質と反物質が生成され、ほとんど消え合って、現在のような量の物質(または反物質)は残りません。そのもっともらしい予測より10桁以上の量の物質が余計に残ったのです。なぜそうなったのでしょうか。そうなるための3つの条件の一つが「物質と反物質間の対称性の破れ」です。CP非対称性と呼ばれるこの現象は,素粒子物理学のホットな話題の一つで、つくばの高エネルギー加速器研究機構の加速器を使った実験等で盛んに研究されています。ただ、このCP非対称性が宇宙規模の非対称性と直接関係があるのかないのかは現在のところ分かりません。        
(渡邊靖志)
   
宇宙
(質問) ブラックホールの有用性を見出すことは可能なのでしょうか。
  (回答) 観測衛星をブラックホールに接近させることすら未来の課題なので、もし可能であったとしても遠い未来のこととなりますが、ブラックホールの利用可能性はいくつか考えられています。数理物理学者ロジャー・ペンローズは、回転するブラックホール(カー・ブラックホールといいます)がつくるエルゴ球からエネルギーを取り出せるメカニズムを考え出しました。ペンローズ過程、あるいはペンローズ・メカニズムといいます。また、相対論研究者のキップ・ソーンはカー・ブラックホールにゴミを捨てて、回転エネルギーを得るという、ゴミ問題とエネルギー問題を一挙に解決する案を提案しています。しかし、いずれも思考実験です。なお中性子星は、強い磁場を持っていて、高速で回転(自転)しています。強い磁場を持った物体が回転すれば、電磁波を放出します(このため中性子星はパルサーとして発見されました)。これは中性子星の回転のエネルギーを取り出すことの可能性を示しています。                     
(並木雅俊)
   
(質問) ブラックホールになってしまった天体はずっとそのままの運動を続けるのか
  (回答) 天体(恒星)がブラックホールになっても、質量が変わらなければ、ブラックホールになる前と重力環境は同じなのですから、運動に変化はありません。例えば、突然(爆発もなく)、太陽(半径約70万㎞)が重力崩壊して半径3㎞のブラックホールになってしまっても惑星の軌道に変化はありません。もちろん、太陽からのエネルギーがなくなってしまいますので生活はできなくなってしまいますが…。
 恒星の多くは2重星です。この一方の星が、星の進化の最期である超新星爆発を経て、ブラックホールになったとします。すると、もう一方の星からガスが流れ出してブラックホールに落下するという現象が起ることがあります。ガスは角運動量を持っていますので、直接落下することはなく、ブラックホールを中心とした円盤を形成することになります。この円盤を降着円盤といいます。ブラックホール候補としてあげられた白鳥座X‐1は、近接連星系の一方がブラックホールとなり、もう一方が巨星に成長した姿と考えられます。       (並木雅俊)
   
(質問) なぜ宇宙は広がっているのか。宇宙の広がり方。
  (回答) なぜ…には答えることはできませんが、どうしてこのように考えているのかには答えることができます。
 エドウィン・ハッブルが宇宙膨張を唱えたのは、1929年のことです。ハッブルは、銀河までの距離(r)と銀河の赤方偏移の大きさを測定して、これらが互いに比例関係にあることを見出しました。ここでの赤方偏移とは、銀河内の元素が発する光の波長が長い方にずれることをいいます。光のドップラー効果を考えると銀河の赤方偏移の大きさは銀河の後退速度(v)と比例関係にあります。このため、v=H0r と書けます(H0をハッブル定数といいます)。このような関係が、宇宙のどこでも成り立つはずなので、宇宙が膨張していると考えたわけです。これは、アインシュタイン方程式の解となっています。
ビッグバン直後より100億年以上経た現在では、膨張の速度は衰えているのではないかと考えられていました。これを確かめるには、非常に遠方にある銀河の膨張速度を測定すればいいわけです。遠方にある銀河はその離れている分だけ過去の姿を見せてくれるからです。遠方の銀河までの距離は超新星を使いました。結果は、1998年に発表されました。何と宇宙は加速膨張しているという結果でした。このことは他の観測データからも確認されました。宇宙は加速的に広がっているのです。理論的には、アインシュタインの導入した宇宙項で説明しています。                     (並木雅俊)
   
(質問) どうして何も存在していないところから、宇宙が誕生したのかということを疑問に感じています。
(質問) どのようにして宇宙ができたのか。
  (回答) 車椅子の天才と知られるホーキングなどが唱えているのでよく知られているようですが、一つの学説に過ぎません。ビッグバン宇宙論は、ほとんどの科学者が本当のことと信じています。銀河の距離と後退速度の関係から知られた宇宙膨張(1929年、ハッブル)と宇宙背景放射の観測(1965年、ペンジャスとウイルソン)がこの理論を支えているからです。ビッグバン宇宙論によると、過去に遡っていくと宇宙はどんどん小さくなります。すると、最後は点になってしまうのでしょうか。宇宙はどのように誕生したのでしょうか。そのような小さな領域は量子力学により扱えるかも知れません。そんな小さな領域は絶えず揺らいでいて、物質と反物質ができたり消えたりしています。ホーキングの説は,その一つがトンネル効果により現実化して、宇宙が誕生したという説です。さらに,究極の理論の最有力候補,超弦理論によれば,半径Rの宇宙と半径1/Rの宇宙とは同等だということです。すなわち,宇宙が収縮し,究極のサイズを超えて小さくなっていく宇宙は,膨張していく宇宙と同じであるという大変奇妙で興味深い結論です。しかし、これらの理論は,まだ到底確立した理論とは言えません。        
(渡邊靖志、並木雅俊)
   
(質問) タイムマシンを作れるか。また、できるとしたらいつできるのか。
  できると凄いですね。天才数学者クルト・ゲーデルがアインシュタイン方程式を回転する宇宙という条件の基で解いてその宇宙では過去への時間旅行が可能であることを示し(1948年)、相対論学者キップ・ソーンがワームクホールを利用してタイムマシンが作れるという論文(1989年)をフィジカル・レビュー・レターに発表したり、それに宇宙物理学者リチャード・ゴットⅢが宇宙ひもタイムマシンを考案したりして、話題を呼びました。よく議論されているように、タイムマシンで過去に行き、過去を変えてしまうと、歴史が変わって困ったことになります。たとえば、両親となる2人が結ばれないようにしたりすると自分は生まれて来ず、この世にいないことになります。また祖父殺しのパラドックスというものもあります。このようなことが起こらないようなタイムマシンは作れるかも知れませんが,現在のところ誰も答えを知りません。ホーキングは、時間順序保護仮設を唱えて、過去への時間旅行が不可能であると論じています。
未来へ行くことは可能です。一般相対性理論によれば,重力が強いところでは,時間がゆっくり流れます。ブラックホールや中性子星の近くで(大変な重力に耐えて)しばらく過ごして戻れば,もとの世界はずっと未来の世界になっています(重力の違いによる時計の狂いは現実に観測されていて,GPS(Global Positioning Satellite)の原子時計を補正するのに使われています。補正が無いと位置を正確に予測できません)。さらに,「双子のパラドックス」はご存知だと思います。光速近い速度で宇宙旅行をして戻ってくると未来にいる自分を発見します。       (渡邊靖志、並木雅俊)
   
宇宙空間
(質問) 地球上で宇宙空間を再現することはできないのか。
  (回答) 実現したい「宇宙空間」を「空気がほとんどない空間」+「非常に弱い重力場となっている空間」と捉えてお答えします。私たちは地球大気の底で生活しており、そこには約3×1019個/㎝3の分子があります。現在販売されている超高真空装置の到達圧力は10-11Paですので、1㎝3あたりの分子の数は3000~4000個程度です。この真空度は、スペースシャトルの軌道である高度300㎞~400㎞の環境より高真空です。
 また重力は1/r2に比例しているのでなかなかゼロにはならず、高度300㎞にあるスペースシャトルの重力も地上と重力と比べて8%ほど弱くなっているにすぎません。でも、無重力(無重量)区間となっているのは何故でしょう。これは等価原理によって説明できます。等価原理は、重力の効果は、加速度運動することによる見かけの力の効果と区別がつかないとの主張です(アインシュタインの一般相対性理論の基本原理となっています)。スペースシャトルは地球に自由落下しているために、船内では重力を感じなくなっているわけです。宇宙空間のような弱い重力場は、それに見合う加速度運動をすることによってつくることができます。                           
(並木雅俊)
   
(質問) 探査機等で太陽系を抜け出すことは可能ですか。もし抜け出せるとすると、その後はどうなりますか。
  (回答) 人工衛星を地球の衛星軌道にのせるために必要な速さは約7.9km/sです。これを宇宙第1速度といいます。しかし、地球の自転を利用すると、この速さ以下でも軌道にのせることができます。自転を最大限に利用できるのは赤道上での打ち上げです。ここでは約0.5km/sの速さを減じることができます。ですから、赤道近傍で東向きに約7.4km/sの速さ(以上)で打ち上げれば地球の軌道にのります。
 また、地球の衛星軌道にのせるのではなく地球からはるか遠くに離れるに必要な速さは約11.2km/sです(√2×7.9)。これを宇宙第2速度といいます。これも自転を利用するなら約10.7km/sで大丈夫です。
 しかしながら、宇宙第1速度も、宇宙第2速度も、地球の引力だけを考慮した概念です。太陽の引力も考慮すると宇宙第2速度では太陽系外に脱出することはできません。地球は約30km/sの速さで公転しているので、この√2倍の約42.4km/sが地球軌道からの脱出速さとなります。自転の場合と同じように、公転を利用すると約12.4km/sと減じられます。この値とエネルギー保存法則を使うと、宇宙第3速度である約16.6km/sが求まります。これが太陽系脱出速度となります。海王星や冥王星の軌道まで達するには、通常、木星や土星の重力効果を用いて軌道と速度を変えるスイングバイ(フライバイ)をします。
 さて太陽系脱出の探査機のことですが、これはすでに実現されています。パイオニア10号というアメリカの外惑星探査機が1972年3月2日に打ち上げられ、1973年12月3日に木星に接近、1983年6月13日に海王星軌道(1999年までは冥王星軌道の外にある)を通過し、惑星圏を脱出しました。地上では2003年1月23日に弱々しい信号を受信したのを最後に、パイオニア10号の信号を受信することはできなくなってしまいました。計算によると、60光年の距離にあるアルデバラン近傍に向かっています。1977年8月20日に打ち上げられたボイジャー1号、1977年9月5日に打ち上げられたボイジャー2号も多くの映像を送ってくれました。これらも冥王星軌道の外にあって、カイパーベルト天体の影響を受けるまで、そのままの軌道(いずれかの円錐曲線軌道)を保って遠く彼方へ向かっています。                               
(並木雅俊)
   
身近な物理
(質問) 摩擦力のはたらく理由はいくつかの説があると聞いたことがありますが、今現在もっとも有力な説は何ですか。
  (回答) 摩擦に関する経験的な法則に、「摩擦は接触面積によらず、荷重に比例する」というものがあります。これは、アーモントン・クーロンの法則と呼ばれ、17世紀から18世紀にかけて発見され、まとめられました。
乾燥した固体同士の摩擦の原因については、古くから固体表面同士が凝着する凝着説と表面の凸凹によって生じるとする凸凹説の2つがありました。凝着説によれば、2つの面の間の見かけの接触面積に比べて、真実の接触面積は極めて小さく、少数個の接触点で凝着を起こしていることが摩擦の原因と考えられます。真実接触面積は荷重に比例して増大するため、摩擦力は荷重に比例すると説明されます。一方、凸凹説はクーロン等により、凸凹を乗り越えるのに必要な力は荷重に比例し、これが摩擦力の原因と考えられました。しかし20世紀半ばになって少なくとも金属に関しては凝着説が正しいことが明らかになりました。真実接触面積の測定や金属表面をきれいにすればする程金属同士の摩擦力が大きくなることが確認されたためです。清浄面では金属の間の真実接触面が増加することから、この結果は擬着説を支持しています。
また、最近新たに提唱されている摩擦の理論として、摩擦は介在物によるものとする理論があります。この理論によれば、2つの面の間に不純物や他の分子が挟まっていると、荷重に応じた摩擦力が働くことが理論および計算機シミュレーションから示せます。実際に2つの面が結晶からできており、互いの格子間隔が一致ない場合や結晶方向の角度が傾いていて向かい合った原子同士の場所が一致しない場合には、摩擦は極めて小さくなることがグラファイトなどを用いた最近の実験で測定されています。
摩擦では、滑りと静止を繰り返すスティック・スリップという振動現象がよく観察されますが、静止してからの時間経過によって静止摩擦力が異なることも最近の新しい発見です。このことを取り入れた理論は凝着説の拡張とも考えられますが、この理論は最近、地震における断層のすべりの解析にも広く利用されています。
17~18世紀に見つかった摩擦の法則の研究が今現在も進歩し続けていることには驚きますね。                               (佐野雅己)
   
(質問) 回転させたボールを落下させると、地面で衝突してはねかえってくるときに回転の向きを変えるのはなぜか。
  (回答) 地面に衝突した時に摩擦力が働くと、ボールは地面に対して、回転方向に力(運動量)を与えます。この摩擦による作用・反作用の効果としてボールは地面から反対向きの力(運動量)をもらいます。したがって摩擦のある面にボールが衝突すると、回転の向きが変わります。摩擦のない面ですと、(スリップして)回転の向きは変化しません。
(鈴木康夫)
   
(質問) 人が色を認識する仕組みはどうなっているのか。
  (回答) このような基本的質問は、ウェッブサイトや事典を調べればわかります。まずは自分で調べ、それでもわからないことを質問した方がより効率的です。以下の回答も事典を調べた結果を書いているだけです。
 光の波長によって見える色が異なることは知っていますね。可視光は380~770nm(1nm = 10-9m)で、波長が長い方から赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7色(欧米では6色に分類)に見えることは知っていますね。色は3原色で合成できることも知っていますね。つまり人間は、赤、緑、青の領域にそれぞれ感度をもつ3種類の錐細胞の刺激の組み合わせによって色を感じています。明暗を感じる悍(かん)細胞が青を担当しているという説もあるようです。まだ完全に色覚が理解されているわけではないようです。    
(渡邊靖志)
   
(質問) 筋肉の動き(アクチンとミオシン)がブラウン運動的であるということを先生から聞きましたが本当なのか。
  (回答)本当です。筋肉を分解してゆくと繊維状のアクチンフィラメントとその上を動くミオシンに行きつきます。アクチンは、重合してアクチンフィラメントを形成し、ミオシンが移動するレールの役割をします。ミオシンは大きさが数十nmのタンパク質酵素で、ATPをADPに加水分解する際に生じるエネルギーをアクチンフィラメントに沿った方向の運動に変換して力を発生し、外部の負荷に対して仕事をします。ミオシンなどの分子モーターは小さく、周囲の水分子の熱運動で常に突き動かされています。ミオシンはATPやADPの結合状態に応じてアクチンフィラメントにくっついたり離れたりを繰り返すと考えられていますが、特に離れた状態ではブラウン運動のゆらぎは大きくなります。ATP一個を分解して得られるエネルギーは熱によるブラウン運動のエネルギーより少し大きい程度ですので、ミオシンは激しい熱ゆらぎの中でATPの化学エネルギーを一方向性の運動に変えていることになります。一般にブラウン運動に方向性はないため、温度差がなければ熱ゆらぎから仕事を取り出すことは不可能であることは、熱力学の第二法則から示されます(マクスウェルの悪魔)。したがって、このようなゆらぎの中で仕事をする分子モーターが何故、高効率なのかは物理学が解くべき謎の一つです。
最近では測定技術の進歩により、ミオシン1分子がブラウン運動をしながらアクチン上を動いていく様子が観測できるようになり、力や速度、効率などの物理的測定が可能になっており、日本の研究者が大きな貢献をしている分野です。        (佐野雅己)
   
(質問) 人間の髪の力は気圧や重力に負けずに何故立つことができるか?
  (回答)下敷などで頭髪をこすると静電気が起こり、下敷を頭髪の上に持ち上げてやると髪の毛が逆立ちます。これは電気力が重力より強いことを意味します。静電気がなくても硬い髪の毛の人は髪がたつことがありますね。髪の毛はたくさんの分子からできていて、その分子は原子からできています。原子は正の電荷をもった原子核と負の電荷をもった電子からなっていますので、原子がそばによると電気力が働きます。原子や分子を結びつけるには、電気力が働いていますので、これを安定した位置から動かすには、強い力が必要です(電気力は重力よりも何十桁も強い力です)。 そのため髪の毛を曲げるには、強い弾性力が必要です(弾性力の原因は電気力です)。 したがって髪の毛が重力に負けずに立つのは、弾性力のため、根本的には重力より大きな電気力が働いているためです。弾性力は物質によって、その分子や原子の結合の仕方によって大きくも小さくもなります。圧力は、空間のすべての方向から働きますので、髪の毛を寝かせるような力にはなりません。また、髪の毛のような空間的に小さな領域を占めるものにはほとんど力が働きません。水の中で大きな体積を占める物には浮力が働きます。これは物体の上部にかかる圧力と下部にかかる圧力の大きさがことなるためです。浮力の大きさは物体の体積によります。また大きさは重力と同じ程度です。                       
(鈴木康夫)
   
(質問) オーロラが希薄な気体でしか発生しないのはなぜか。
  (回答) オーロラ現象は、蛍光灯やナトリウムランプの光る仕組みと似ています。教科書で真空放電について勉強してみてください。電磁気現象によって加速された電子が原子やイオンに衝突することによって光が生じます。電子が十分加速される前に原子やイオンと衝突すると、可視光が生じません。そのため希薄な気体か強い電磁場が必要となります。
(鈴木康夫)
   
(質問) 実際に人の歌声を聞くことなく、スペクトルから歌声の善し悪しを判断するような研究を行っている先生や会社を教えてください。
  (回答) NTTコンピューターサイエンス研究所の平田圭二さんは音楽について情報科学の立場から研究しています。平田さんに伺ったところ、質問にあるような研究ということでは産業技術総合研究所の後藤真孝さんの研究が近いようです。
 http://staff.aist.go.jp/m.goto/index-j.html その他、京都大学の奥乃博さん、東京大学の嵯峨山茂樹さんなどが音楽について情報科学的に研究しているそうです。一般に専門の研究者は忙しいので、一般の方からの質問や相談などを簡単には受けてくれないかもしれません。しかし、質問されたみなさんの研究は学問の世界でもホットトピックのようです。研究の内容を深く知りたい場合は、やはりこれらの方々の所属する大学に進学して、講義やゼミに参加することが一番だと思います。専門課程の学生や研究者の卵になれば、研究会や国際会議などで世界の研究者と交わることができます。
音は波動現象であり、スペクトルというのは、波動現象の一つの要素です。音楽について科学的な研究をするためには、いくばくかの音楽知識と、膨大な量の信号処理と統計学の知識が必要だとのことですので、よく基礎を学習しておくことが重要です。物理学の立場からは、① 音という波動現象を研究すること、②耳の構造や振動の受容器について研究すること、③脳の神経回路に基づいて音の研究すること、④人が美しさ(歌声の善し悪し)を判断する基準について広く研究すること、などの研究が考えられます。 
(鈴木康夫)
   
(質問) 温度を一定に保つことはできるのか。
  (回答) 温度は、他に比べて、一定に保つことは難しい物理量です。物理学では、どのくらい一定に保てるか、質と量を問題にします。一般に、実験室内で、保温瓶などの小さな領域では、100分の1度くらいまでの精度で温度を保つ努力がなされています。ごく普通の実験では10分の1度以下の精度でしょう。
物理学の一つの分野に低温物理学があります。日本がとても強い分野です。いろいろな技術を使って、0.45nK(ナノケルビン、1nK=10-9K)という低温を達成しています。つまり10億分の1度という精度で温度をコントロールします。このような実験では、コンクリートの壁から出てくる放射線や交通による振動などが温度を変化させる要因となります。0.45nKは、上記のBECで実現され、宇宙最低の温度と言われています。
                            (鈴木康夫、渡邊靖志)
   
(質問) 温度計の目盛はどのようにしてきめられているか。
  (回答) 物理学は様々な単位を決めることに深くかかわっています。単位を精密に決定することは、物理学の上でも、工業的にも、日常生活の上でも、たいへん重要なことです。温度標準については、http://www.aist.go.jp/NRLM/standard/temp.html を参照してください。                               (鈴木康夫)
   
(質問) 気化熱はなぜ奪われるのか。
  (回答)物質が気化するときになぜ熱が奪われるのか、と捉えて答えます。必ずしも奪われるわけではありません。気化熱の大きさは、液体になっている時の結合力と気体の時の結合力の差になります。一般には気体の時の結合力は非常に小さいので(気体の定義は分子や原子がほとんど自由に飛び回っている状態)気化するには、エネルギーが必要です。周りから熱エネルギーを奪って気化することになります。では、エネルギー的に不利(エネルギーの高い状態になる)なのに、気化するのは何故でしょうか。考えてみてください。
               (鈴木康夫)
   
(質問) 光や熱だけでなく、音で発電できないのか。
  (回答) できます。上野の国立科学博物館の2階のフロアの中央付近に、よいデモンストレーションが、設置してありますので、試してみてください。マイクロフォンは、音を電磁気現象に変換しています。音は空気の振動ですが、波は水面の振動です。波の力を利用した発電所が実用化されています。                 (鈴木康夫)
   
(質問) 携帯電話を持っている人と持っていない人では電磁波で受ける影響はどれほど違うのか。
  (回答) 電磁波を出している携帯電話を携帯している人とその周りにいる人とでは電磁波で受ける影響はどれほど違うか、と捉えて答えます。電磁波から受ける影響は電磁波の強さに依存すると考えられます。発生源から離れた時の電磁波の強さは、一般に、アンテナの指向性と距離によって決まります。アンテナにはいろいろな種類があり、会社や機種によってことなります。携帯電話のアンテナが空間の3次元方向に電波を出すものであるとすると、電磁波の強さは距離の2乗に逆比例します。2次元方向にしか電波を出さないものであるとすると、電磁波の強さは距離に逆比例します。したがって携帯電話を持っている人の身体と携帯電話の距離の4倍離れたところにいる人は、携帯電話を持っている人に対する影響の1それぞれ6分の1、4分の1になります。ただし、導体で囲まれていると電磁波はその領域から外に出ていきませんので、その中にいる人はほぼ同じ影響を受けると考えられます。たとえば、電子レンジからはほとんど電磁波は洩れませんので、中に置いたものはほとんど場所によらずに同じように強い影響を受けます。電車や車には電磁波の波長より大きいサイズの窓があり、ガラスは絶縁体ですので、電磁波は外に洩れだしますが、導体で囲まれている部分が多いので、電車の中では携帯電話から同じくらい離れていても、外にいるときよりも強い影響を受けると思います。       
(鈴木康夫)
   
風力発電とエネルギー問題
(質問) 風力発電を自宅に設置することは可能ですか。
  (回答) 家庭用の小型風力発電機は何種か発売されているようです。またそれらは、自宅にも設置することが可能のようです。                 
(佐野雅己)
   
(質問) また,その発電量によって元を取ることが出来ますか。
 

(回答) まず、風力発電で得られるエネルギーを求めてみましょう。風の運動エネルギーは、1/2x(質量)x(速度)2で与えられますが、単位時間当たりに羽の面積を通り過ぎる空気の質量は、(空気の密度)x(速度)x(面積)で与えられるので、風から得られるエネルギーは風速の3乗に比例します。仮に、風を受ける面積を1m2、風速を10m/sとして計算してみると約600Wとなります。このエネルギーの大部分が羽の回転運動に変換可能と仮定すると発電機自体の効率は高いので一見、有望そうに思えます。実際、Webで小型風力発電機の情報を調べますと、比較的性能の良いもので直径1.8m、定格出力1KW程度のようです。またこの場合、定格出力が得られるのは風速12.5m/sとありますので上の見積もりと大差ありません。平均的にこのくらいの風速がある地域でしたら、元をとることも可能かもしれません。しかし、東京近郊などでは、年間の平均風速は約4m/sだそうです。速度が1/3になると得られるエネルギーは、(1/3)3=1/27になってしまいますので、平均的には37W程度しか発電できないことになります。このような地域ですと元をとるのは難しいと考えられます。http://www.tronc.co.jp/pdfweb/fuukyo8pc0.pdf などに日本における平均風速分布の情報が載っています。風の強い地域では、風力発電機を設置しても一定の効果が得られると思われます。ただし、実用のためには個々の発電機では風速により電力の変動が大きいため、フライホイールや蓄電池でエネルギーを貯蔵したり、広い地域で大規模に発電し、電力を調節するなどの対策が必要になり、組織的な取り組みが必要になると考えられます。
(佐野雅己)

   
(質問) 日本ではなぜ風力発電が大規模に行われないのですか。
  (回答) 政策的な問題もあると思われますが正確にはわかりません。欧州では偏西風の影響で風向が安定しており、オランダなどでは古くから風車による動力や発電が行われてきましたが、石油等に比べて非効率のため一旦は衰退しました。しかし最近は欧州全体で見直され、大規模な風力発電が行われています。世界的に見ても欧州では急速に導入が進んでおり2005年末で40500MWの設備を設置し、年間発電量ではEU全体の消費電力の2.8%に達すると見積もられています。現在これらの国々では風力の発電コストが化石燃料による発電コストを下回っていると報告されています。一方、日本における風力発電設備は約896MW(2005年末、一次エネルギー供給の0.06%)だそうです。日本の計画では2010年に3000MWの設備を設置し、一次エネルギー供給の0.2%をまかなうという計画のようです。しかし、欧州やアメリカに比べるとまだ低い水準と考えられます。日本では一定して強い風の吹く地域が限られており、また風の乱れが大きいこと、さらに稼働率に比べ土地などのコストが高くつくことが妨げになっていると資源エネルギー庁の資料では述べられています。地球温暖化対策や、石油資源に変わるエネルギーの一つとして今後一層、研究や実用化を進めていく必要があると思います。             
(佐野雅己)
   
(質問) 現在使われているエネルギー資源は今後100年以内には尽きるという話をよく聞きます。現在それに対処したエネルギー資源の開発をされていると思いますが具体的にどのようなものか教えてください。またそれはどのくらいで実用化が可能になりますか。
  (回答) 資源エネルギー庁の資料によれば、1999年に確認されている埋蔵量は、石油で1兆460億バレルで、これを現在の年間生産量で割った可採年数は39.9年、同様に天然ガスは可採年数61.0年、石炭は227年、ウランは64.2年と計算されています。
一方、新たに発見される資源もあるため、例えば石油の可採年数は、2004年では49年とわずかですが増えています。また、最近ではメタンハイドレードなどが海底に大量に存在することなどもわかってきました。これらのことからエネルギー資源が100年以内に尽きることはないと思われますが、地球上の資源が有限であることは明らかであり、ご心配のようにそう遠くない将来にエネルギー資源が尽きてしまうことが予想されます。
現在、石油などのエネルギー資源に代わり実用または検討されているエネルギーとして、太陽光発電、風力発電、地熱発電、潮力発電、海洋温度差発電などの自然エネルギーの利用の他、バイオマスや燃料電池、核融合などがあります。自然エネルギーは元をたどれば全て太陽光のエネルギーが形を変えたもので、地球に降り注ぐ太陽光の総エネルギーは、全世界の使用エネルギーの15000倍に相当します。これを有効に使うことが究極の持続可能なエネルギー利用であり、自然エネルギーの比率を高めることが必要です。しかし、自然エネルギーではエネルギー密度の低さと、不規則な変動が問題となるため、化石燃料に比べてコストが高くなる場合が多いだけでなく、今の世界のエネルギー消費量を自然エネルギーのみで維持することは現在の技術では不可能と考えられています。
核融合は恒星の中心で起こっており、究極のエネルギー源とも考えられます。現在研究されている核融合は、重水を原料とするものですので資源は豊富にあると言えます。しかし、大量のγ線や有害なトリチウムが生成することや、原子力発電以上に制御が難しいことから、あまり過度な期待はしないほうがいいかもしれません。世界的は、ITERなどの研究が行われていますが、実用化までの年数を予想することは困難と思われます。
また、新しい技術として石油を合成するバクテリアの研究なども開始されています。あなたも新しい方法を考えてみませんか?                  
(佐野雅己)
   
何でも相談
(質問) カオスの仕組みや研究の方法について聞いてみたい。
  (回答) カオスとは、方程式が決まっており、ノイズなどの確率的な要素がないにもかかわらず長時間先の予測が困難な運動のことをさします。蛇口から落ちる水滴の時間間隔、味噌汁の中などに見られる対流の動き、強制振動された振り子や電気回路、レーザーの発振、小惑星の運動までカオスの例は至るところにあります。カオスが起こるしくみは、運動の不安定性にあります。不安定性とは山の頂点にボールが置かれたような状態をさし、ほんのわずかな初期条件の違いで左右どちら側に落ちるかわからないような状態をいいます。カオスでは、軌道そのものが不安定でわずかの初期条件の差が時間とともに急速に(指数関数的に)増加してゆくために起こります。
 現在、カオスの研究は物理や数学だけでなく、工学や生物学の分野でも広く行われています。物理の分野では、できるだけ理想化した条件でカオスを作り出しその性質を調べます。最近ではカオスへの移り変わりや多数のカオスが相互作用して生み出す新たな性質や量子カオスなどが盛んに調べられています。               
(佐野雅己)
   
(質問) どうしたら物理学者になれますか。
  (回答1) 一番手堅いのは大学の物理関連学科に入り,大学院に進み,博士号を取得して活躍することです。現代の世の中では,よほどの天才でない限り,独学で物理学者になることはできません。大学では,先人達の積み上げた膨大な知識と体系を学びます。それは本当に膨大ですが,学ぶだけではいけません。必要最小限な知識を身につけ,そして最先端の物理にできるだけ早く触れることです。さらに必要な知識は,必要に応じて学んでいくことです。知識を吸収するだけでは,それだけで一生が終わってしまいます。最先端,または未開の分野で新しい成果を出していくことで自信がつき,物理学者として自他ともに認められるようになります。活躍している物理学者の中には,企業で活躍している人もたくさんいるので,必ずしも大学や研究所に職を得なければならない訳ではありません。
(渡邊靖志)
  (回答2) 自然について興味を持ち続け、科学を勉強し、他人とコミュニケーションする能力を身につけることです。みなさんが現在受けている日本の教育のプログラムに沿って、努力していれば、物理学者になれると思います。大切なことは物理学者になりたいという夢を忘れずに、努力を続けることだと思います。一般には、大学の物理関連学科を卒業して、大学院に進み博士号を取得して、研究者になるというコースが普通です。現代では、多くの分野で物理学の知識やテクニックが用いられていますので、必ずしも物理学を専攻していなくても物理学者になれます。逆に物理学科を卒業しても、さまざまな分野で働くことが可能です。                          (鈴木康夫)
   
(質問) 研究をするときに必要な気持ちや考え方…。
  (回答1) 難しい質問です。まずは,研究対象の魅力に取り付かれ,それへの尽きない興味,片思い的な情熱をもつことでしょうか。不思議な現象や困難な課題をどうにかして解決してやろうとする粘り,その苦労が楽しいと思えるような境地? 直観力と信念を大事にし,でも頭を柔らかくしていろんな方向からその問題を考えてみる。先人には学びつつ,しかし,全部を信じるのではなく,思考回路を自分なりに組み立てなおしてみる。まずは,偉人の伝記に学んでください。
(渡邊靖志)
  (回答2) 自然を理解しようという謙虚な気持ちが大切だと思います。自分について正直になることも重要です。粘り強く研究していくことも大切かもしれません。
(鈴木康夫)
   
(質問) 今、注目されている物理の話題は何ですか。
  (回答) 私の研究仲間の間では、現在ソフトマターや生体物質における静電気力の効果についての研究が注目されていて、私もこの研究をしていますし、このテーマで国際会議もよく開かれています。
(鈴木康夫)
   
(質問) 物理の教科書で紹介されているような数式はどのような実験によって立証されてきたのですか。
  (回答1) 本当に不思議ですね。自然界の現象が数式で表せてしまうのは! 数式の確立は先人達の血の滲むような努力や天才たちのひらめきのおかげです。理論家は「自然はこうであるべし」という観点から予言をし,それを実験で検証する。実験家による発見を理論家が解釈をし,定式化して新たな理論の枠組みを作る。そこからまた予言がなされる,というように理論と実験は車の両輪のように働き,物理学は発展して来ました。
たとえばニュートン力学や万有引力の法則。これは天文学者たちの作成した月や惑星の運行の詳細なデータをほとんど全て説明するほか,地上での物体の運動をも記述します。水星の近日点の移動など,ニュートンの予言からのわずかなずれが詳細な観測から明らかになり,それは相対性理論の登場で解決されました。マクスウェル方程式は,それまでのいろんな電期現象や磁気現象を説明し,さらに電磁波の存在を予言しました。
すなわち,数式の後ろにはおびただしい数の実験や観測データがあるというのが答えでしょうか。
(渡邊靖志)
  (回答2) 教科書には実験も紹介されていますので、よく読んでみてください。
(鈴木康夫)
   
(質問) ピタゴラスの定理について、どうやってそのさまざまな定理を見つけるまでにいたったのか。
  (回答) ピュタゴラスと記載される場合もあります。
 ピュタゴラスは、紀元前572年頃に生まれ、紀元前494年頃に亡くなっており、ギリシャの著名な哲学者ソクラテス(BC470~BC399)が生れる前に活躍した人です。ピュタゴラスの定理など、彼の名を冠した有名な定理や法則がありますが、これらすべてはピュタゴラス自身が発見したものではなく、ピュタゴラスの弟子の研究成果です。
 ピュタゴラスは、エーゲ海にあるサモス島で生まれ、エジプトを旅し、多くの秘教を学び、南イタリアのクロトンでピュタゴラス教団をつくった宗教家です。主に、輪廻転生を唱えたようです。この教団には聴聞派と学問派という2つの派がありました。この一方の学問派が幾何学と代数を研究し、教祖ピュタゴラスの名を冠したと考えられています。学問派は、マテマティコイといいます。マテマティコイは「学ぶ」という意味です。このマテマティコイがマテマティクス(数学)の語源です。
 では何故、学問派は幾何学や代数を研究するようになったのでしょうか。教祖であるピュタゴラスがテトラクチュスを大切にしていたためだと考えられています。テトラクチュスとは、黒丸を1つ、2つ、3つ、4つと三角形状に並べたものです。この黒丸の数が、4つまでの数の和(1+2+3+4)になっており、代数と幾何が美しく調和しています。ピュタゴラスの定理は、エジプトの知*をもとにして、数と幾何の美しさを追求した教団の成果なのです。でも、ピュタゴラスの定理はピュタゴラスの死後に行われた研究によるものです。 
  *  古代エジプトには縄張人という専門の土地測量士がいました。彼らは、1本の縄を3対4対5に分け、それらを辺とした三角形をつくり、その三角形がつくる最大角が直角となることを知っていました。縄張人は、毎年定期的に起るナイル川の氾濫の度に、この方法を面積測量に用いていました。        (並木雅俊)
   
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